12月の五稜郭は吹雪いていた

そこに夏の緑一面の豊かさはなく

冷たい雪がしんしんと降っていた

そして自分以外には誰もいなかった



ここではおそらく

多くの人が戦い

死んだのであろう



人間はいつだって繰り返すのだ



それを何度も見てきたかのように

松が雪の中、立派に立っていた



松は孤独ではなかった



斜めに傾いているものもあったが

どれも高くそびえていた

そして、食べ物を探して

小鳥が幹の一部をつついていた



一方、楓は葉を全て落とし

裸同然でどこか悲しく見えた



そこに生命力はなく

死が生のすぐ隣にあることを感じさせた



おそらく多くの人は今は見向きもしないであろう

冬にはあまり価値がない木に思えた




そのように松と楓は対象的だったが

共通して言えることは

どちらもまだ立っていることだけだった



そしてどちらも五稜郭の

美しさと儚さを表現するには

必要な木に違いなかった



春が来て、夏が来て

秋が来て、冬が来る


そんな当たり前のことを

自然はよく知っている


それは悲しさも喜びもない

摂理というものであった